ブログ開設7周年記念「油断禁物の夏休み」

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     先週からの蒸し暑さに完全にやられてしまってますが、

    そうこうしている間に2012年7月31日、ロンドンオリンピックの

    開幕直前から始めた「原酒店の気ままブログ」が7周年を迎えました。

     

    ここ3〜4年、更新頻度は確実に落ちてますが、それでも自分が

    楽しみながら好きな事を書くという部分は崩していないので、

    まだまだ当分は続けていけそうです。

     

    お酒の紹介の合間に時事ネタも挟んでますが、政治ネタは詳しい方に

    お任せして、気楽に読める話題にしているつもりですが、元来が

    さほど穏やかなタイプでもないので(笑)、時に熱くなる時もあります。

     

    学校は夏休みに入ってます。

     

    夏休みに入る前後になると中体連・インターハイ(高体連)・高校野球等、

    中学・高校の3年生は部活の総決算になります。

     

    で、ここのところ物議を醸している高校野球、大船渡高校が岩手県決勝の

    花巻東戦で「令和の怪物」佐々木朗希投手を登板させずに敗退した件で

    思うところを少々…

     

    僕個人は一番近くで見ている監督の考えを尊重したらいいと思っています。

     

    しかしプロ野球経験者でも賛否両論ありますし、ファンの間でも喧々諤々で

    それぞれの主張には一理あり、どこに正解があるのか今はわかりません。

     

    それだけ注目の選手ですし、騒ぐのは仕方ないのかも知れませんが、

    僕が常々違和感を感じているのは周りが「甲子園」を絶対化し過ぎ!

     

    僕も野球は好きですし人気があるのはわかりますが、野球以外の

    スポーツ経験者である僕に言わすと、硬式野球だけを特別扱いし過ぎです。

     

    明らかに「し過ぎ」です!

     

    高校生の一競技の全国大会に過ぎないのに!

     

    「程度」の問題を完全に超えています!

     

    全国で全試合生中継なんて他の競技の全国大会では有り得ません。

    (春の高校バレー・冬の高校サッカー・高校ラグビーは

    それに近いですが、全国どこでも全試合は観れないはずです)

     

    新聞のスポーツ欄の片隅にしか載らない「軟式野球」の全国大会でも、

    他の競技で全国大会にまで歩を進めた高校生達も、郷土と母校の

    誇りを持って熱いプレーをしています。

     

    他の競技の過密日程の問題には一顧だにしないのに、佐々木朗希君の

    登板回避だけを殊更に扱うマスコミには違和感というより、不快感に

    近いものを僕は持ってしまうのです。

     

    早い話、商売になるからテレビも新聞も硬式野球だけを持ち上げる

    のでしょうが、もう少しバランス感覚を持ちつつスポーツマンシップを

    併せ持った経営者・編集者・記者はいないものでしょうか?

     

    僕は個人としてのスポーツの大会での実績は、高校時代の柔道でも

    大学時代のアメリカンフットボールでもなく、中学2年の時に水泳

    (400m自由形)で中体連の県大会まで行ったのが最高という

    平凡なものしかありません。

     

    それでも区大会と市大会を勝ち抜いての県大会でした。

     

    県大会を勝ち抜いて、さらに九州大会を勝ち抜けばやっと

    全国大会なので、僕の位置からは全国など見えませんでした。

     

    なので、どんな競技でも全国大会まで進出する凄さは

    わかっているつもりです。

     

    だからこそ硬式野球以外の競技の全国大会に対する扱いの小ささ、

    もっと言えば冷淡さに納得がいかないのです。

     

    心あるメディアの方に届いてほしいと思いこれを記しました。

     

     

    記念すべき7周年に吼えるのは決して本意ではなく(笑)、

    一応スポーツ繋がりですが、以前記した柔道部ネタを

    少々改定して読んでもらおうと思います。
     

    根性練習・体罰・パワハラ等何でもアリだったからこその

    バカバカしさと面白さがあった時代のはなしです。



    毎年、7月下旬に福岡で柔道の「金鷲旗」(きんしゅうき)、剣道の

    「玉竜旗」(ぎょくりゅうき)という全国からオープン参加の巨大な

    規模のトーナメント大会が行われます。

     

    それが終わると柔道部の3年生は引退となります。

    インターハイに出場の時は8月まで延びますが、どちらにしても

    夏休み中の練習は基本的に2年生と1年生だけになり、その状態が

    新入生が入ってくる翌年の4月まで続きます。

    3年生がいなくなると威張り出す2年生がいるので、1年生は気を

    緩める事はできませんが、「奴隷」状態は一応緩和されます。

     

    が、高校1年時の楽しい思い出など全く記憶にありません。


    それからまた1年が過ぎ、遂に上級生がいなくなる2年の夏休みからは、

    練習のハードさは変わりませんが気持ちが急に軽くなります。


    ほんの1年前、毎日が辛くて辛くて「今やめたい」「あと1週間」

    「あと1か月」「1学期終わるまで」「黒帯取るまで頑張ろう」…

     

    そう思っていた重苦しい日々が嘘のようにです。

     

    これって成長したのか?単に図太くなったのか?(笑)

     

     

    そんな2年の夏休みの練習後のはなしです。


    練習が終わると、汗でずっしりと重くなった柔道着を道場に
    ポンと脱ぎ捨てておくと、自分らもやってきたように1年生が

    裏返しにして干してくれます。

     

    とにかく練習前後の雑用がなくなるのは、理不尽に満ち溢れた

    当時の柔道部での精神的な負担が半分以下になるんです。

    1年時に3年生のS坂からかなり酷い扱いを受けて心底嫌な思いを

    してきたので、僕は下級生をアゴでコキ使う事はしませんでしたが、

    当然の権利のように上級生としての恩恵には与ります。

     

    「練習中は水を飲むな!」の時代。

     

    水が飲めない辛さは1年も2年も3年も一緒です。

     

    (飴玉のようなものを一粒口に含むと、水を2リッター飲んだ

    気分になれるようなものを誰か発明してくれないかな…)

     

    寝技の乱取りの時、柔道場の下にもある窓からは

    グランドで練習するサッカー部や野球部が見えます。

     

    (外の風が当たる屋外競技が羨ましい…)

     

    練習の後半になるとそんな事ばかり考えていました。

     

    後年、大学でアメリカンフットボールを始めると

    (夏の練習は直射日光が当たらない屋内競技の方がいい…)

     

    その時その時で都合のいい事ばかり考えていましたが、

    要は夏が嫌いというだけかも知れません(笑)



    柔道着の上着を脱ぎ捨て僕とN(これまでに弊ブログに

    何度か登場した泣く子も黙る最強で最凶の男)は
    僕の自転車に二人乗りして食堂の自販機のジュースを
    飲みに行ってました。

    体育館の1階にある柔道場から食堂までグランド際沿いに
    5〜60メートルしか離れてないのですが何故か自転車です。

    多分、上半身裸なので気持ちがよかったのでしょう。

    Nは身長は170センチくらいで大柄ではありませんが、
    筋骨隆々で全身から殺気のオーラを発散してました。

    キリッとした顔立ちでちょっといい男なんですが、
    Nがひと睨みすると、僕も含めてみんな大人しくなる…

    「こいつには敵わない…」
    そんな凄みを持っていました。

    そんなNはイタズラ好きでもありました。

    一番多かったのは、部室にみんなで座っていると
    Nが黙って立ち上がり部室から出て行きます。

    その後にとんでもない悪臭が部室内に充満します。
    何を食べたらあんな臭いになるのか知りませんが、
    最悪な「すかしっ屁」です。

    これは上級生がいる時からで、上級生が
    「おらぁ!N」と怒ってもニヤリとするだけで
    スタスタと部室を出ていって知らん顔。


    そんなNと冷たいジュースを飲んで人心地がつき
    食堂から再び二人乗りで戻っていたら、

    柔道場の方からKがこちらに向かってきます。

    Kは長崎出身の特待生で身長190センチ、体重120キロ。

     

    高校入学時には「山下二世」と雑誌にも載った怪物候補です。


    高校卒業後もM冶大学、F岡県警と柔道の王道を歩いて行きました。

    巨体も人目を引きますが、もうひとつ目を引くのが物凄い絶壁頭。

     

    寮が草香江という所にあったので「草香江飛行場」とか、直角を表す

    「∠R」とか言われてました。

    普段は気が優しく絶壁頭を弄られても怒らず、涙もろいところが

    あるのですが、たまに怒ると手がつけられないない一面もありました。

    Kはシャワーを浴びた後、素っ裸に腰にバスタオルを巻いただけで

    グランドを歩いていて、二人乗りの僕らを見てニコニコしています。

    いくら男子校とはいえ、いくら夏休み中とはいえ
    その格好は無防備でバカすぎます。

    僕とNはあうんの呼吸でKに接近します。

    すれ違いざま、後ろのNがバスタオルを
    引ったくりKをスッポンポンにしてしまいました。


    股間を押さえながら何か叫ぶKを指差し


    「イエ〜ィ イエ〜ィ!」

     

    嘲笑いバスタオルをグランドに放り投げ、

    僕とNは柔道場に戻っていきました。

    道場でKの情けない姿をみんなに報告し笑っていると、
    Kが何か叫びながら戻ってきている声が聞こえます。

    Kは興奮すると早口で滑舌が悪く、何を言ってるのか

    さっぱりわかりません。

    見ると顔を真っ赤にして明らかにキレています。
    ドスドスこちらに近づいてきます。

    「これはやられる!」


    僕の体に緊張が走りました。

    まずNに叫びながら近づき

    バチ〜ン!

    バチ〜ン!

    「!!!」

    …それは一瞬の出来事でした。

    説明しますと、Kがデカイ手でNの顔をビンタで張りました。


    その瞬間、本当に瞬間、Nは垂直にジャンプして190センチの
    Kの横っ面をフルスイングで張り返しました。

     

    例えると、錦織圭選手のジャンピングスマッシュ!

    「エアーK」っていうあれです。


    Kのビンタに肉体だけが反射したジャンプとビンタでした。


    人というより敏捷な肉食獣です。

    「おらッ 誰に向かってやりようとか きしゃ〜ん!」

    NはKを睨みつけ威嚇をすると、Kは数秒前のあの怒りはどこへ…


    すっかり毒気を抜かれた瞳は涙で一杯になり、
    ブツブツ言いながら部室に消えてしまいました。


    これには僕も(これはちょっと可哀想だな)

    部室に入るとKはまだバスタオル一枚のままで
    座ってシクシクと泣いてました。


    ひとことふたこと声をかけたら

    「何で俺がくらされないかんとや…」
    (どうして俺が殴られなければいけないんだ)


    涙をポロポロ流しながら僕に訴えかけてました。


    Nのイタズラ(僕も共犯)が発端の怪物同士の激突は

    ほんの一瞬でしたが、無料で見るのは勿体無い程の

    ド迫力でした。

    数々の伝説を持つNは
    僕がこれまでに知り合った

    「腕に覚えがある」

    男たちの中でも「素手」では最強。

     

     

    あれから数十年…Kは現在もF岡県警にいますが糖尿や脳梗塞を

    患って、今や優しい只の大きなオジサン。

     

    Nは本業の経営の他に地域の少年柔道の道場主。

     

    上の紹介だけでは立派すぎるので、皆が閉口する

    酒癖の悪さも加えておきます(笑)

     

    そして僕は原酒店。



    写真は高校2年の終わりの春休みの遠征時の新幹線の車中。

    寝ている僕の頭にみかんの皮を乗せたのは当然Nの筈です。

     

     

    8年目を迎える「原酒店の気ままブログ」と、80年を

    超えた原酒店を今後とも宜しくお願いいたします。

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    G.W.の営業予定とF社のはなし「豪快オヤジ」編

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       平成から令和にまたがるゴールデンウィークの営業予定

       

      平成31年 4月28()・29()・30退位の日)

      令和元年5月 1即位の日)・2(木)・3)・

                        4()・5()・6(振休

       

      青字の4/30・5/1・2・3は営業予定です。

       

      閉店はいつもより早い19時頃の予定ですが、僕が店にいる

      時間は長いと思いますので、遊びがてらいらしてください

       

       

       

      長くブログを書いている方は理解していただけると思いますが、

      マンネリを感じてパソコンに向かうのが億劫になる時があります。

       

      それで今回は気分転換、前回も書いた大阪で約17年バイトでお世話に

      なったF社のはなしを記しますので、お酒の紹介はありません。

       

      2013年に書いたものを少々改訂してます。

       

       

      今回は20代後半の頃…

      5年程前からバイトとしてお世話になっているF社が、

      冷蔵庫などの大型家電商品の配送を始めた夏のことです。

      ここ数年と同じような猛暑。

       

      しかし今よりもずっと景気が良かったので

      猛烈な忙しさとなりました。

       

      大阪は夕凪といって夕方になると風がピタッと

      止まるので、夜は一層蒸し暑く感じます。

       


      運転手も助手もトラックも足りず、

      「明日の仕事に穴を開けないよう…」
      毎日が冷や汗もので綱渡りの状態でした。

      朝7時30分に出勤、自分の仕事のピアノや金庫の運送作業をし、

      (芝居の稽古中はここで終わりますが、オフの時はこの後)

      汗だくで帰ってきた後に延着している家電配送の現場への指示や

      翌日の配車や人の手配に追い回され、帰る時には日付が変わって

      いる事が当たり前。

      「俺、バイトの劇団員なんだけど…」

      暑く長い毎日にウンザリし切っていました。

      約17年の間に勤務地が大阪市都島区→大阪府松原市

      →大阪市鶴見区と変わりましたが、何もかもが手探りで

      一番ガチャガチャしていたのが、この都島の時代です。

      そこは大阪のJR環状線の京橋と桜ノ宮の中間あたり。

      町全体が雑然としててラブホテル街も近く、川沿いには

      故物商やバラック小屋もまだ残っており、映像や写真で

      見るような「終戦後」の匂いが微かに漂ってました。

      お世話になった当初は、大手引越しセンターの助手集めが

      主な業務で、僕は引越し助手の日雇いバイトでした。

      その後、エアコン脱着などの電気工事、ピアノ・重量物運送、
      ハウスクリーリング等手を拡げますが、どの分野も「専門家」が

      ほとんどいない「素人集団」なのです。

      それでも数年を経て「最強の素人」に変貌していた僕は、
      正社員が少ない為、電気工事以外のほとんどの現場作業と

      その指導、事務作業も(仕方なしに)こなしてました。

      その夏はまだ専用の倉庫も車庫もなく、前の歩道には下取りの

      冷蔵庫やエアコン、そして物凄い量の段ボールが溢れかえっていて、

      見るも無残な会社の外観になってました。

      (ネットで探したら昔の社屋が当時のままで残っていました)

       

      ただでさえ「あれ」な建物の上に、前の歩道に溢れかえる

      廃家電と段ボールで「見るも無残」という雰囲気はわかって

      もらえると思います。

       

       

      当時、大阪の都心部の裏街には金属や段ボールを集める

      ホームレスの「オヤジ」達が沢山いたのです。

      F社周辺にも犬顔の「犬オヤジ」、エアコンの室外機をコソコソと
      自転車の荷台に積んで持って帰る「コソコソオヤジ」…

      知らず知らずの内にベテランとなっていた僕は、

      時にマナーの悪いオヤジを叱り飛ばしたりします。



      そんなある夜、「その人」は現れました。
       

       

      2階の事務所から降り、廃家電と段ボールと発泡スチロールの

      ゴミの山にため息をつきながら片付けをしていたところ…

      街灯に照らされた向こうから小柄なオヤジがスタスタと
      こちらに歩いてきます。

      「この段ボール、持って行ってもいい?」

      オヤジは甲高く明るい声で尋ねてきました。

      見ると上半身裸、年齢は40代か?、身長は150センチ台と

      小柄ですが、盛り上がった大胸筋、引き締まって黒光りする

      上半身は軽量級のレスリング選手を思わせるものがありました。

      (おぉ、なんか豪快なオヤジやなぁ!)

       

      「いいよ。でも発泡スチロールとかPPバンドとか
      仕分けしてちゃんと片付けてよ」

       

      〜珍しい者好き〜

       

      当然、僕の好奇心センサーが大きく反応したのは

      言うまでもありません(笑)

      上半身裸のオヤジがカッター片手にテキパキとした作業を

      見ていると、こちらも片付けが楽しくなってきました。

      「じゃあ、あと頼むね」


      僕は帰ります。


      翌朝、出勤すると辺りは綺麗になってました。


      それから毎晩「豪快オヤジ」は現れました。

      オヤジの快活さと甲高い声と綺麗な作業は、一緒にいるだけで
      楽しく、疲れ切った僕の夜の「憩いの時」になってきました。

      人間としての最後の尊厳をも失くしてるんじゃなかろうか?

       

      そんなオヤジが多い中、「豪快オヤジ」は口髭こそ生やして

      ますが短髪で小ざっぱりしてて臭いもありません。
      (もっとも上半身はいつも裸で真っ黒でしたが)


      あの人達にも「縄張り」というものがあるのか、次第に

      豪快オヤジが「現場班長」のようになり、他のオヤジ達に

      指図して作業してました。


      いよいよ馴れてくると、豪快オヤジは僕に冷たい缶コーヒーを

      買ってきてくれたり…

      (奢ってもらったよ!)

      その日を生きる事に精一杯であろう豪快オヤジも、毎晩の大量の

      段ボール収集で少し余裕ができたのでしょうか…

      僕の「豪快オヤジ好き」は他のF社の連中にも
      知れ渡ってきて、色々と報告が入ってきます。

      「昨日の夕方、そこの中華料理屋から豪快オヤジが出てきました!」

      「へぇ〜、やっぱり裸だった?」

      「作業服着てましたよ」

       

       

      …作業中は裸、よそ行きは作業着…

       

       

      何だかよくわからないけど「豪快オヤジ流ドレスコード」

      には笑えました。



      不運が重なってか、自業自得なのかは知りませんが、
      望んで今の境遇になった訳ではないであろう豪快オヤジ。

      僕は別に同情などはしてません。

      何処から流れてきて、何処を寝ぐらにしているかも知りませんし。

      ただ、中華料理屋で食事していたと聞いて何となく嬉しくなりました。



      ある夜、豪快オヤジは

      「昨日は凄かったよぉ!朝6時までかかって2400円になったんだぁ!」

      歯切れのいい関東方面の言葉です。

      当時、段ボール1kgが8円だったそうで、2400円という事は

      何と段ボール300kg!

      (豪快オヤジ、ホームレスじゃなくても

      やっていけるんじゃないのかな?)

      親しくもなった事だし、余計なお世話と思いつつも

      以前からの疑問を思い切ってぶつけてみました。

      「オヤジさん、毎日夜通しそれだけ働くんだったら、

      夜勤の現場作業でもした方が良くない?」

       

      豪快オヤジ、甲高く明るい声で

      「それが俺は駄目なんだよぉ!」

      …何でも気が短かすぎるそうです。

      つい先日も近所の酒屋で段ボールを貰おうとしたら断られ、

      カッとなった豪快オヤジは店のショーウインド目がけて

      カッターを投げつけガラスを割ってしまったそうです。

      当然弁償を請求され、段ボール回収の親方に

      立て替えてもらったとの事。

      そう明るく話すオヤジに

      「そっかぁ…」

      としか僕は言えませんでした。


      豪快オヤジと僕はその夏限りでした。


      秋になると冷蔵庫を梱包した段ボールはめっきりと減り、
      豪快オヤジの食い扶持になるだけの量はありません。

      翌年には配送部門がやっと運送業の体を成し、大阪近郊の

      松原市に移転したため僕もそちらの勤務になりました。

       

       

      しかし今でも蒸し暑い季節になると「豪快オヤジとの夏」を

      思い出してしまうのです。

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      大坂なおみ快挙!!井岡一翔快勝!…と微妙にいやらしいカレーのはなし 

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         大坂なおみ選手の快挙の瞬間を幸運にもリアルタイムで観れました。

         

        土曜の夜、思いのほか早くに轟沈したので朝6時ごろ一旦目が覚めました。

         

        テレビのあるリビングに行くと、ずっとWOWOWの生中継を観ていた

        E子さんが「凄い事になってるよ」。

         

        劣勢のセリーナ・ウィリアムズ選手が審判に抗議して場内が騒然と

        している最中でした。

         

        結果的には大坂選手、その異様な雰囲気に負けずに快勝でした。

         

        騒然とした中での表彰式、セリーナ選手は流石に超大物の対応を見せて

        大坂選手を称えました(自分が巻き起こした騒動ですが…)。

         

        そして大坂選手への称賛で災害続きの日本が湧いています。

         

         

        で、再びベッドに戻ってどこかで中継してないか?

         

        ウトウトしながら探していたら昼頃、YOUTUBEに上がったのがこれ。

         

        9.8 米・イングルウッド「SUPER FLY3」


        WBC世界Sフライ級シルバータイトルマッチ 10回戦


        WBA同級2位・井岡一翔(日本)

                       3−0

        王者・マックウィリアムズ・アローヨ(プエルトリコ)


        ※99−90、97−92、97−92

         

        昨年末に引退したのは表向きには、歌手の谷村奈南さんとの結婚に

        ジム会長で父親の一法氏が反対して確執ができたとされてますが、

        一法氏の巨額脱税問題とジムに併設している整骨院の不正請求や、

        愛人宅に巨額の現金を隠していたのが発覚し、息子の堪忍袋の緒が

        切れて、父親から離れる為だったのはファンの間では周知の事です。

         

        しかし日本国内のルールでは、ジムに所属してないと試合ができません。

         

        また簡単にジム移籍ができないのは様々な報道がなされた「男・山根明」の

        アマチュア同様、プロにも存在する大きな問題のひとつです。

         

        それで今回の復帰は日本のジムに所属せず、階級をひとつ上げて

        井上尚弥選手やロマゴン、シーサケット選手らが盛り上げた

        「SUPER FLY」シリーズの第3弾、アメリカ開催の軽量級の

        ビッグマッチが復帰戦の舞台になりました。

         

        実力は誰もが認めるところですが、ここ数年は3階級制覇したとはいえ、

        父親とテレビ局主導の強敵を避ける安全運転のマッチメークや、

        それとは裏腹の本人の悲しい程の発言の軽さで、コアなファンが

        どんどん離れていってしまいました。

         

        そして今回から地元・大阪ではなくアメリカが戦場、しかも対戦相手は

        スーパーフライ級の強豪・アローヨ選手です。

         

        緩いマッチメーク続きのあと1年半のブランク明けの正念場。

         

        階級を上げても井岡選手の骨格が華奢に見えるのは、叔父の

        元チャンピオン・弘樹さん同様で遺伝的なものかもしれません。

         

        フィジカルで圧倒されてアローヨ選手の強打の餌食になるとの

        悲観的な見方もありましたが、気迫溢れるファイトでこれまでの

        悪評と不安を見事に払拭しました。

         

        1回から様子見をせず前傾で効果的なジャブとボディブローを

        織り交ぜペースを握り、3回の終了間際には綺麗なショートの

        ワンツーでダウンを奪いました。

         

        攻撃的な分、被弾も多く顔を腫らしましたが快勝でした。

         

        これで一躍スーパーフライ級のトップ戦線入りで、コアなファンの

        信頼も取り戻していくでしょう。

         

        今後は井上尚弥選手に続いて世界に誇る日本の軽量級の強豪として

        ハードなマッチメークを続け、光を放ってほしいものです。

         

         

         

        話は変わり先日、僕とE子さん共々夜が遅くなったので夕食は

        カレーで済ませようとなり、自宅から割と近い「COCO●番屋」

        西区F店に行きました。

         

        この店では少し前から思っていたのですが、カレーのルーの量が

        少なくてご飯とのバランスが悪く、最後にご飯が残ってしまいます。

         

        テーブルの隅に「追加のルー108円」のPOPが…まぁ、そういう事です。

         

        コスト面で厳しいならいっそのこと値上げして、残りのご飯の量を

        気にしなくても食べられる、たっぷりのルーにしてほしいものです。

         

        ルーが多すぎて文句を言う客はそういないと思います。

         

        僕は商売をしているせいか、こういう「微妙にいやらしくセコい」

        やり方は気になるし、店の為にならないような気がするんですが…

         

        帰りの車中、E子さんとそんな話をしていたら思い出した事がありました。

         

         

        福岡市最大の繁華街・天神は家から歩いてでも行ける距離で、

        子供の頃から日常的な「遊び場」のひとつでした。

         

        1956年、「空の大怪獣ラドン」で破壊された天神の西鉄福岡駅。

        (もちろんフィクションです)

         

        その後、再建された?西鉄福岡駅とその下の西鉄名店街。

         

        駅の奥の白い建物は福岡スポーツセンターで、映画館も併設されてました。

         

        現在の西鉄福岡天神駅、ソラリアステージと三越が入ってます。

         

        その「ラドン」の後の西鉄名店街に「ナイ●カレー」という

        カレー専門店がありました。(アフリカの大河と同じ名前)

         

        当時の福岡でカレー専門店といえば、中洲の「湖月」と天神の

        「ナイ●カレー」が人気を二分していたような記憶が…

         

        看板商品のナイ●カレーは180円。

         

        今でいえば380円か400円くらいですかね?

         

        ひとつ上のクラスのビーフカレーは230円。

         

        天神は「遊び場」なので、小学生の頃から一人でもナイ●カレーを

        食べに行ってました。

         

        中学生になってからでしょうか、いつものようにナイ●カレーを

        注文すると店員の女性が「只今ナイ●カレーは切らしています。

        ビーフカレーならありますが…」

         

        「?」

         

        ナイ●カレーとビーフカレーは同じ味なので、ベースは同じ筈です。

         

        サイコロ大の肉片が2個ほど入ったものがナイ●カレー、肉片が4〜5個

        入っているのがビーフカレー。

         

        中学生に50円の違いは痛いですが、仕方がないので

        「ビーフカレーでお願いします」。

         

        その後、何度か行っても「只今ナイ●カレーは切らしています。

        ビーフカレーならありますが…」

         

        更に肉片も2個ほどに減っています。

         

        どうしてこんなセコいやり方をするんでしょうか?

         

        大人の客にも同じ説明をして納得してもらえたのでしょうか?

         

        今なら「子供騙しのような事を言わずに、値上げなら値上げって

        ちゃんと説明したらいいじゃないですか」と言えますが、中学生

        の僕にそんなボキャブラリーはありませんでした。

         

        僕は「まちの子」を自認していたので、西鉄名店街の人混みの中で

        大それた事をやる度胸は持ち合わせていませんでしたが、さすがに

        最後に店を出た時は店の入り口前で、モリモリと盛大にウ●コをして

             (二度と来るか!)

        捨て台詞を残して去ったのでした(心の中で)。

         

         

        …愚痴とも文句ともつかない事をつらつらと書きましたが、

        「微妙にいやらしくセコいカレー」から何十年も前の話を思い出し、

        ネチネチと書いている僕の方が「微妙でなくいやらしくセコい男」

        かも知れません(笑)

         

        長くなったので、紹介する予定だった「ひやおろし」は次回にします。

        >>ホームページ掲載商品のオーダーについてはこちらをごらんください。



        ブログ開設6周年記念 「改訂版・雄(オス)の序列」

        0

           2012年の夏、ホームページ開設とほぼ同時期に

          始めた「原酒店の気ままブログ」。

           

          当初の予想以上のアクセス数に支えられての6周年、

          おかげ様で7年目に入ります。

           

          でも、お酒の紹介だけでは自分の中でとっくに

          飽きていたでしょう。

           

          開設して半年過ぎたあたりで「雑記」という形で

          文字通り気ままにエッセイ風のものを書き始め、

          自分の中で別のリズムが生まれ、このブログに新たな

          息吹が吹き込まれた…は格好つけすぎですが(笑)

           

          その最初に書いた「雄(オス)の序列」を少し改訂し、

          6周年記念で再録させてもらいます。

           

           

           

          高校時代の話です。

           

           

          僕とMとの間に小さな因縁ができました。

          3年の1学期の文化祭での事。

          当時男子校でしたが文化祭と体育祭だけは、
          他校の女子生徒も自由に出入りできます。

           

          年に2回だけの出会いのチャンス!

          朝から心が弾んでます!躍ってます!

          「俺はこんなはずじゃない…」と思いながらも、このまま

          永遠に「モテない君」状態が続くじゃないだろうか…

           

          少しずつ焦りと不安が深まっていた17才。

           

          この日に賭けてました!

          なるべく擦れてなさそうな女の子を探して、
          「案内するけん一緒に学校内をまわらん?」


          努めて爽やかに声をかけました。

           

          「…う〜ん」

          モジモジしている女の子にまた爽やかに

           

          「行こうよ」



          そこに横合いからMです。

           

           

          Mという男、身長は180cm位。

           

          リーゼントで金縁45度のメガネ、何故か反り返った歩き方をします。

           

          当時の福岡では「ヤンキー」とはいわず「ツッパリ」です。

          理由はよくわかりませんが他人とのトラブルがやたら多くて、

          僕の友達内では評判の悪い男でした。


          「俺の先輩紹介するけんおいで…」


          僕と女の子とのやりとりが終わる前に
          無遠慮に声をかけてきたんです。

          Mと女の子がどうなったか知りませんが
          僕は不愉快極まる思いでその場を去りました。

          これが僕とMとの最初の接点でした。

           

           

           

          ここは福岡大学付属大濠高校。

           

           

          以前はイニシャルにしていましたが、弊ブログで何度も

          触れているので、もう実名でいいでしょう。

          東京や大阪やでは、「福岡大学って国立ですか?」
          よく尋ねられましたが私立です。

          近年、校舎を新築し中高一貫の男女共学になり優秀な

          進学校になってます。

          「福岡あるある」によく出てきますが、出身中学や高校で人を

          判断するという、他地域の人には理解されにくい癖があります。
          (福岡の人は当然な事としか思ってません)

          「あんた、どこの高校出身ね?」


          僕も聞きますが、すぐに聞いてきます。

          出身大学を聞くならば、全国的かもしれませんが、
          中学や高校なんです。

          今は後輩たちの頑張りで、恥ずかしい思いをせずに済んでますが、

          僕の親の世代の頃はそれはそれは酷い高校だったそうです。

          一言で言えば、「ボンクラと不良の巣窟」のような男子校です。

          時代は流れ、僕が入学する昭和50年代には「特進クラス」があり、

          それなりに難しくはなってはいたけど、ほとんどの生徒が公立の

          上位校との併願で、「すべり止め」で受験した者たちです。

          僕も含め2千数百人の全校生徒のほとんどが、第一志望の

          公立高校に落ちた「高校受験の挫折者」でした。

          入学して驚いたのは「受験負け組」のくせに「ガリ勉くん」

          タイプが結構多く、分厚い辞書3冊入れ、学生カバンを

          パンパンにして通学するというイケてない奴が多い事でした。

          近隣の女子高の生徒達に「イモホリ」と小バカにされてる事を

          知ったのも入学後でした。

          そんな「イモホリ」でも当時はバンカラな気風が濃厚に

          残っていました。

          男ばかりが何百人も一度に入学するのですから、
          学力とは別のところで、当然のように雄(オス)の

          勢力争いが起こるのです。
           

          しかし僕がいた3年間は番長が存在しませんでした。


          正確には番長争いがなかったんです。

          争わずして序列の頂点に柔道部のNがいたからです。

          Nは中学時代から柔道とケンカの強さで鳴らした男で

          「東のA」「西のN」と恐れられ、東の方は大相撲に行き、
          西は柔道の特待生として強豪の大濠高校に入学しました。

          Nは中量級で大柄ではありませんが筋肉の塊です。


          柔道も確かに強かったですが、眼光の鋭さ、動物的精気、

          恐怖心を母親のお腹の中に忘れて生まれてきたかのような

          並外れた度胸、そして餃子のような両耳(笑)…

           

          どこをとっても挑もうという気を起こさせない

          オーラを醸し出していました。

           

          そして僕は何をトチ狂ってか、経験もないのに
          そのNのいる柔道部に入部してしまいました。

           

          柔道部の遠征合宿中の僕とN。

          1年の時は暗黒の日々で、辛くて辛くて
          何十回辞めようと思ったかわかりません。

           

          昼休みは部室に詰めて、先輩の為のうどんやパンの使いっ走りで

          学食やパン売り場を走りまわり、辛い練習が終わると片付けや

          雑用に追いまくられます。

           

          更には僕を人と思ってないんじゃないか?

           

          真剣に疑ってしまう程コキ使う、3年生のSという嫌な先輩がいました。

          ただ退部すると「お前は○○部崩れか?」と授業中に先生にまで
          言われるバンカラな校風。


          「崩れ」という言葉の響きが何か「人間モドキ」のように感じ、

          ネガティブなレッテルを貼られるのが嫌で何とか耐えてました。

           

          柔道初心者の僕は体も細く、部活動の全てに耐えるのが精一杯なので、

          学業を完全に犠牲にして授業中と授業の合間の10分間の休み時間は

          体力温存の為にわき目もふらず、1年間徹底的に寝て過ごしました(笑)

           

           

          それでも強者揃いの柔道部の中で揉まれると、心身共それなりに

          タフになるもので、黒帯となり2年時にはそろそろオスとしての

          アピールをする余裕もできてきました。

           

          教室では休み時間に黒板に先生や生徒の似顔絵を書いたり、

          バカな事言って人を笑わせるのが好きでしたが、幸運にも?

          Nと同じ柔道部員で友人という事で、ワル連中にナメられる

          事はありませんでした。

          おとなしい同級生が
          「ハラケ〜ン、○組の△にパンを取られたぁ」
          泣きついてきます。

          △のクラスに行って取った当人に掛け合い、
          取り返すか代金を徴収してほしいとの意味です。

          そんなくだらない事でも「オスの序列」が

          重要になってくるのです。

          当時の僕は坊主頭で一目で運動部とはわかりますが、
          まだ耳も潰れてませんでしたし、体格的にも野球部員や
          剣道部員と大差ないので貫禄不足は否めません。


          パン程度は取り返して来るものの、自分の序列の曖昧さは
          何となく自覚していました。

           

           

          進学校とはいえワルは沢山いますし、小競り合いは日常茶飯でした。

          休み時間にケンカが始まると、日頃の校則の厳しさ故に
          ストレス発散で物凄い盛り上がりになるのです。


          教室や廊下に一瞬にして100人以上のギャラリーが
          集まりケンカの当人達を囲みます。

           

          ケンカは「大濠の華」でした。


           

           

           

          文化祭後のある日…

           

          体育の授業が終わり柔道部の部室で学生服に着替えていると


          「ハラケ〜ン、Mがまたケンカ始めたぁ!」


          Hから伝令が飛んできました。

          4階の教室までダッシュすると廊下は既に人だかり。


          「ゴメンゴメン」と人垣をかき分け教室に入ると
          Mと友人のN島が睨み合って一触即発の状態です。

           

          小柄だけど気が強いN島はMと目線の高さを合わすため

          教壇の上に立ってます。

          睨み合いの相手が友人のN島という事で僕はカッとなり

           

          「きさぁん、また横着な事しよろう!」
          (貴様、また生意気な事やってるだろう)

          一気にレッドゾーンを振り切りMに突進していきました。

           

           

           

           

          文化祭の日の夜に戻ります。

           

          昼間の出来事ででMが他人とのトラブルが多い理由が

          わかったような気がしました。

          結局不首尾に終わったその夜、同じ柔道部のU宅で
          10人程集まって打ち上げと称しワイワイやってました。

          そこで僕は友人達に昼間の出来事を話してるうちに
          ナメられた怒りがこみ上げてきて、Mの家に電話して
          (当時は携帯電話などありません)
          「お前おぼえてろよ!」みたいな内容を通告しました。

           

          現在のように個人情報にうるさくない時代なので、
          生徒の住所録はみんな持ってました。

           

          体力的にも少し余裕が出てきた2年の頃からは、土曜の夜になると

          アパートで一人暮らしの友人宅に集まり朝まで遊んでいました。

           

          ただ運動部の日曜日は朝からの練習だったので、100%の

          解放感はありませんでしたが…

           

          僕の右隣は同じ柔道部の豪腕のUです。

           


           

           

          実はMとN島の睨み合いに乱入したのには

          もう一つの伏線がありました。

          以前に、別のクラスの某が僕の事を「あいつは大したことない」

          的なニュアンスの事を言ってたと人づてに聞きました。

          別段「強面」で売ってる訳でもなく、落書きしたりバカな事ばかり

          言ってる僕なので「大したことない」のは間違いないでしょう。

           

          大人であれば笑って聞き流せる程度の噂話です。

          しかし17才のオスである以上、軽い屈辱感を覚え、
          それがずっと未消化のまま体内に沈殿していたのです。

           

          「どこかで序列を変えてやる…」

           

           

           

           

          再び4階の教室。

           

           

          突進してきた僕にMは身構えるヒマもなく

          会心の右ストレートをまともに食らい

          教室の前から後ろまで吹っ飛んでいきました。


          追撃弾を食い、完全に戦意喪失しているMに僕は

          「N島に謝れ!」

          「…ゴメン」

          「バカ!土下座しろ!」

          N島に土下座して立ち上がろうとしたMに

          「おい!俺には!」

          「…はい」

          もういいかな…と思ってたところに柔道部一というか、

          全校一の怪力の持ち主Uがギャラリーの中から乱入してきて

          「キサン!だいたい横着かったい!」(お前、生意気なんじゃ!)

          何故だか突如、豪腕ビンタでMを再び吹っ飛ばしてしまいました。

           

          (凄い!しかし何でU?訳わからん?)


          この派手な立ち回り後、僕を軽んじた噂も封殺できたようです。
           

          僕にとっての「オスの序列」はこれで充分でした。




          それにしても哀れなのはMです。

          N島との小競り合いの最中に乱入してきた
          当事者でもない僕に殴り飛ばされ、

          何の反撃もできぬまま大勢の前で土下座までさせられ、

          終わりかと思ったところに、

          更にに乱入してきて僕以上に無関係なUに
          全く意味不明な豪腕で
          教室の扉まで張り飛ばされしまいました。

          僕でも絶対貰いたくないUの豪腕ビンタを見舞われた
          Mは尻尾を垂れた老犬のようになってしまいました。

           


           

          その後しばらくしてMが友人と思しき某に


          「卒業式に893の先輩を連れてきて、原を半殺しにする」

          某から某を経由して、翌日には僕の耳に入ってきました。

          この伝達の早さの理由は、Mの不人気は当然あるとして、
          僕への義理でという訳ではありません。

          ただ単純に、僕にもうひと暴れしてもらって面白がろう

          という「間違った大濠魂」に違いないのです。

          Mは悔し紛れに放った一言でしょうし、
          僕もこれ以上、Mに関わる気はありませんでした。



          ただ、釘だけは差しておこうと
          その夜、Mの家に電話しました。

          当時はだいたいお母さんが電話に出られます。


          「もしもし、Mさんのお宅ですか。
          大濠高校の原といいますが、

          ○○君いらっしゃいますか?」

          少々間があり

          「…もしもし…」

          「おう、…お前、卒業式に893連れてきて
          俺を半殺しにするらしいねぇ」

          「えっ、いや…」

          「893でもなんでも好きに連れてきやい!
          …お前が卒業式まで生きとったら…」 

               ガチャ

           

           

          ここは一気に畳み掛けます。

          翌日の朝の始業前の補習中…

          自分のクラスの補習をサボって僕は
          Mの教室横の廊下に立って腕組みしてました。

          夏場の教室の窓は、ベランダ側も廊下側も全開です。

          廊下から3列目あたりに座っていたMは
          僕に気付き次第に落ち着きがなくなってきました。

          しきりに僕の方を見て手を合わせペコペコします。

          僕は冷たい無表情で腕組みしたままです。

          Mは焦りだし、授業そっちのけで、
          合わせた手をスルスルしだしました。

          リーゼントで45度の金縁メガネの強面のはずが、

          火でも起こすのか?というくらい手をスルスルして

          懇願するMの姿がおかしくて、僕は吹き出しそうに

          なりました。

          が、そこは渋く苦みばしった表情を作り、

          小さくうなずきその場を去りました。

           

           

           

          余談ですが、先日N島が帰省してくるというので

          酒席に参加しました。

           

          N島とMの睨み合いの話題も出ましたが、どうして

          睨み合いになったのか、当時も今回も聞くのを忘れて

          しまったので、実は理由を知らないままなのです(笑)



          「改訂版・雄(オス)の序列」、おしまいです。
           

          80余年の原酒店と7年目の「原酒店の気ままブログ」、

          今後ともよろしくお願いいたします。

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          鹿児島オールスター集結の第5回大試飲会レポート

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             焼酎ブームが沈静化して結構な年月が経過してますが、

            ここの熱気に触れると「まだまだいけるぜ焼酎!」

            酒屋としても元気づけられます。

             

            去る2月22日、福岡は天神の西鉄ソラリアホテルにて

            鹿児島の大手の卸問屋、南九州酒販さん主催の大試飲会が

            開催されました。

             

            原酒店は南九(南九州酒販)さんと取引きはありませんが、直取引で

            懇意にしている蔵元さんがいくつもあるので、挨拶がてら毎回会場に

            足を運んでいます。

             

            福岡での大試飲会は今回で5回目ですが、有料にもかかわらず

            その人出と熱気には驚かされます。

             

            見知った蔵元さんが今回は来られてなかったり、いつもは

            来ないあの人が来てたりで、今回のサプライズは…

             

            原酒店のエース銘柄「さつま寿」「神座」の尾込商店の

             

            尾込 宜希(おごめ よしき)社長自らブースに立つのは

            「超レア」だと同級生で右腕の瀧山さんは言います。

             

            厚かましくもブース内に立つ客(笑)

             

            「大和桜」の杜氏のテッカン君(若松徹幹さん)が持つ

            「ヒゲのおじさん」のブラックニッカは…

             

            グラフィックデザイナーの大高重治氏の手によるもので、

            あの「のりたま」のニワトリのデザインも氏が手掛けてました。

             

            その大高氏の晩年の作が「大和桜」のラベルなのです!

             

            ブース周辺にいつも女性客が絶えないのは…

             

            イケメン杜氏兼社長、「利八」の吉永 章一さん。

             

            そして弊ブログを長く見られている方にはお馴染み?の、

            若社長より薩摩顔?の助っ人。

             

            実は蔵人ではない福岡県在住のS澤さん。

             

            2回目からここに立ってますが、そのきっかけになった

            出来事はご本人の名誉の為、今回は割愛させてもらいます(笑)

             

            「伊佐大泉」の大山酒造さんは今回は専務の大山大我さん。

             

            もっと写真は撮りましたが、毎年同じ会場の試飲会。

             

            5回目ともなるとどうしても似たような写真になるので

            過去の試飲会を様子をご覧ください。

             

            第1回の様子

             

            第2回の様子

             

            第3回の様子

             

            第4回の様子

             

             

            13時〜20時までの長丁場が終わり、毎年恒例になった「お疲れ様会」。

             

            僕の中学の先輩が経営する「タンテール富士」さんにて。

             

            焼酎の種類の多さもさることながら、名前通り絶品の肉料理を

            食べさせてくれるお店で、毎回蔵元さん達に喜んでもらってます。

             

            最初は蔵元さん数名と僕とE子さんだけの小ぢんまりとした

            会でしたが、豪華メンバーの蔵元さんと一緒に飲めるとの

            噂が噂を呼び?年々人数が増えてきました。

             

            ほぼ毎回参加している知覧醸造の森社長と、「晴耕雨読」や

            「角玉梅酒」の佐多宗二商店の中原部長も初参加です。

             

            面白いのが各蔵元さん、美味しい料理に舌鼓を打ちながら

            焼酎ではなく、ビールやハイボールやチューハイを

            ガンガン飲みます。

             

            色んな蔵元さんがいらっしゃるので

            「どこの焼酎を飲んでいいのかわからない」

             

            そんな気遣いもあるみたいです。

             

            各蔵元さん、本当にお疲れなのにお客さんの質問にも

            応えてくれます。

             

            仕込中の蔵見学や電話で蔵元さんとは話はしていますが、

            リラックスした雰囲気の中で硬軟取り混ぜたお話ができるのは

            僕にとっても楽しく貴重な時間なのです。

             

            間違いなく「役得」ではありますが、年月をかけて築いてきた

            信頼関係があってのものです。

             

            夜も更けて解散となりましたが、来年も笑顔で集まりたい「宴」でした。

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            8月15日、京都の夜は山中慎介の涙雨か

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               結果的に告知せずに終わった盆休みは8月13日(日)から

              16日(水)まででした。

               

              その期間中も頑張っている飲食店さんがあるので、

              13日以外は店を閉めたままで配達だけはしてました。

               

              15日(火)、この夜は前から楽しみにしていたボクシング、

              山中慎介選手の13度目の防衛戦。

               

              仕事をやり繰りして、朝のうちに配達を済ませ一旦帰宅。

               

              ジミロン君の明日までの餌や水の用意をして博多駅へ。

               

              お盆のUターンで混む新幹線に乗り込み京都着。

               

              京都駅でひと足先に帰省していたE子さんと合流して、

              大将軍近くの府立体育館(島津アリーナ京都)に車で

              向かいましたが、付近の駐車場がどこも満車。

               

              何とか駐車場を見つけ、試合にはまだ間がある為、

              タクシーで西院に行きブログを書きにネットカフェへ。

              (結局仕上がらず 涙)

               

              ポツポツと降り出してた雨は夕方になると

              本降りになってきました。

               

              6時過ぎに会場に着きましたが若者が続々と…

               

              この光景に既視感が…

               

              1980年代後半、前田日明選手率いる第2次UWFが

              一大ブームとなった時期がありました。

               

              テレビ中継がなく月に1度の興行が逆にプレミア感を生み、

              全国から若者が集まり「密航」という表現もされてました。

               

              僕も随分オッサンになりましたが、本当に久しぶりに

              「密航者」になった気分です。

               

              今回は具志堅用高さんの連続13度の防衛記録に

              並ぶか?が話題になってましたが、ここ数戦

              相手のいいパンチを貰うようになった山中慎介選手が

              ルイス・ネリ選手の怒涛のラッシュを躱せるか?

               

              「山中危ないんじゃないか?」という声も大きくて、

              実はそちらの興味のほうが大きい好カードでした。

               

              今回はダブル・タイトルマッチとかではなく、

              殆どのお客さんがメイン目当てなので前座の

              試合中もザワザワとした会場の雰囲気です。

               

              古い体育館で座席が狭いのには閉口しましたが、

              やはり「生」の空気感はテレビじゃ味わえません。

               

              メイン・イベントの前にはビッシリ満員となり、

              緊張感と高揚感で熱量が一気に上がってきました。

               

              実券が売れず「招待券バラまき」の会場ではこうはいきません!

               

              ルイス・ネリ選手の入場。

               

              そして山中慎介選手の入場で会場は爆発しました。

               

              両国国歌斉唱。

               

              サッカーのワールドカップでも思うんですが、メキシコ人

              は手が胸の前で「アイ〜ン」の格好になるんですよね(笑)

               

              しかし日本のボクシングが会場の演出がショボイのは

              何とかならないですかね?

               

              WOWOWの「エキサイトマッチ」でアメリカの試合の

              演出の素晴らしさを見慣れているせいかも知れませんが、

              かつてのK-1やPRIDEや日本のプロレスのビッグマッチでも、

              もっと凝った照明を使って会場を盛り上げます。

               

              「予算がぁ」とか言い訳しそうですが、後楽園ホールなら

              いざ知らず、結構なキャパの会場に結構な入場料であれだけ

              動員して、テレビ放映権料も入るのだから何とかなるでしょう!

               

              「今回は放っといても客が集まる」からでしょうか?

               

              今日集まった観客を再び会場に足を運ばせようとする

              発想はないのでしょうか?

               

              他のスポーツや海外のボクシングはもっと工夫してます。

               

              残念ながら日本のボクシングがマイナー化している原因の

              一端を見た思いがしました。

               

               

              それはそうと…試合は一瞬たりとも目が離せない!

              2階席から目を凝らしてました。

               

              結果は皆さんご存知の通り…

               

              2階席からは山中選手がどの位効いてるのかわかりませんが、

              オレンジのタオルが投げ込まれた瞬間、会場が「あ〜っ」

              という声で口が開いたまま凍りついてしまいました。

               

              タオル投入が早すぎたという声もありますが、4ラウンドの

              残り30秒で更にダメージパンチを貰う可能性も大でした。

               

              練習からずっと一緒にやっている大和トレーナーは、

              山中選手を無事に家族の元に帰すのも自分の務めと

              考えている筈です。

               

              僕は大和トレーナーの判断を尊重します。

               

               

              そしてこの試合の後もう1試合あったのです。

               

              生中継が入っている為、時間調整の前座の4回戦が

              残っていました。

               

              観客が次々と席を立ち、完全に集中力を失った会場で

              戦う選手に同情しつつも、半分席を立って眺めてました。

               

               

              会場を出ると「五山の送り火」前夜の京都は雨が止んでません。

               

              「また次頑張ればいいさ」

               

              とは年齢的にも気安く言えない痛恨のTKO負けを喫した

              山中選手応援の観客の帰路は一様に無言です。

               

              リング上で涙した山中選手同様、僕も他の観客も

              心の中で京都の夜空のように泣いてました。

               

               

              実はこの夜、もう一つ向かう場所が…

               

              今年2月に旅立った友人のT君を偲ぶ為に、

              6月4日に京都で縁のある人達が集まりました。

               

              その時が「京都組」とは初対面だったのですが、

              何故か昔からの友人のような気がして…

               

              6月の集合場所だった左京区の「アナベル・リー」へ

               

              前日にママさんに伺う旨をメールで伝えただけでしたが、

              T君が大好きだった皆さんが集まってくれました。

               

              皆さんの優しい心遣いに触れ、「山中TKO負け」の

              ショックを癒すような心に沁みる楽しい時間を過ごし、

              再会を約し日付が変わったあたりでお暇して、

              E子さんの実家に向かい深夜到着、一泊。

               

              朝起きるとすぐに出発して新大阪から新幹線に。

               

              16日も夕方から配達なのです。

               

              博多駅に着き一旦帰宅します。

               

              初めての一泊お留守番のジミロン君が気になっていました。

               

              軽く粗相くらいは覚悟してましたが、いい子にしてくれて

              いて助かりました。

               

              仕事が終わって再び帰宅後、ご褒美の「チュール」。

               

              休みなのか、休みじゃないのかよくわからないけど、

              間違いなく「あそこにいた」という盆休みの後半

              怒涛の2日間、僕の備忘録的な記でした。

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              ブログ開設5周年記念「若気ではない至り」

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                 暑すぎるのでどうにも頭が冴えず、馬鹿なことしか

                思い浮かびません。

                 

                5周年記念に相応しいかどうかははなはだ疑問ですが、

                以前書いた愚かな一編を一部改訂して再録します。

                 

                 

                 

                僕は子供の頃から悪戯好きで、周囲の人達には
                随分と迷惑をかけてきました。

                親や先生に叱られたらその場は反省するのですが、
                それも一瞬の事なので愚行は繰り返されます…


                これがずっと後年になっても…

                 

                 

                 

                 

                「原さんとKさん、Eさんが事務所で話を
                聞きたいと言うてはりましたよ」

                劇団の制作のNの言葉に瞬時に僕は
                「しまった!」と直感しました。

                 

                僕はO阪芸大在学中から先輩が主宰する
                ●河内●●一座という劇団に20年程在籍していた

                事は何度か書いてますが、その当時です。


                …呼び出しの2週間程前です。

                前年秋に敢行した中国は上海・北京での
                公演の報告書の作成中。

                年が明けても各助成機関に提出しなければ
                ならない書類が多く、僕はその担当でした。


                当時の僕はワープロすら打てなかったので、
                家で下書きした原稿を劇団の事務所で後輩の
                女の子達にワープロで清書してもらってました。

                清書してもらっている間は手持無沙汰なので、
                手伝いの名目で呼んだ後輩と隣の稽古場で

                雑談したり遊んでました。

                 

                一緒にいたのは10年ほど後輩のK竹という男です。

                四角い顔で背が低く、筋肉質だけど恐ろしく短足。

                漫画「がきデカ」の「座って大きなこまわり君」
                「立って小さなこまわり君」を地でいくような
                風貌の男でした。

                朴訥な喋り口調で少し気弱な感じがします。

                僕より二つ年下で演劇経験のない素人ですが、
                繊細そうで新人としては結構年も食っていたので
                皆、K竹には少しだけ気を遣って「Kさん」と

                呼んでました。

                 

                ペルシャ絨毯のような模様のペラペラで薄汚い

                パーカーをいつも着ていた記憶があります。


                ただ、冴えない外見の「オタク系」にありがちな

                「超一流のオ●ニスト」に共通するある種の匂いを

                発散していて、僕は早々に嗅ぎつけていました。

                 

                (イジり甲斐のありそうな奴が入ってきた…)

                 


                数か月後の初舞台。

                顔中髭だらけでボサボサ頭のK竹に

                 

                「Kさん、何もできないお前に何ができる?」

                 

                「…」

                 

                「気合見せるしかないやろ!」

                半ば強制的に役とは全く無関係なパンチパーマ。


                髭を70年代のトム・ジョーンズばりの

                「もみあげ」にカットして気合充填(笑)


                劇場の外のショッピング街ですれ違う若い女の子に

                 

                「きしょっ!」

                 

                囁かれながらも外見だけは充分に異彩を放ち、

                Kは記念すべき初舞台に立ちました。


                当時人気のAV女優の裏ビデオをK竹に貸して
                1週間程経ったので、

                「Kさん、もう観終わった?」

                「はぁ、……毎晩観てるんですけど
                …なかなか先に進まないんですよ…

                エヘヘッ…もう少しいいですか?」

                自室でブルーノ・サンマルチノ顔負けの
                「人間発電所」ぶりを発揮していたのです。

                 

                彼の旺盛な自家発電力で彼の自宅はおろか、町内の

                全電力を彼の右手が担っていたという説もあり、

                地域から感謝状まで出たとか出なかったとか…(笑)

                 

                 

                日々イジり倒される気弱なKは初めのうちは、

                先輩の僕が怖くて嫌々だったに違いありません。

                しかし内なる変態の血が共鳴したのか、
                次第に息が合ってきたのです。

                 

                何人かで雑談中、僕が何の脈絡もなく
                「Kさん、チ●ポ出してみぃ」というと
                ポケットから煙草を取り出す程度の
                さりげなさでズボンのファスナーを降ろし
                「はい」と出します。
                 

                もはや命令や強制もなく、僕とK竹の間で茶道でも

                嗜むように「下ネタサロン」の趣が出てきました。
                 

                 

                はなしは手持無沙汰の稽古場に戻ります。


                雑談にも退屈してきた時、僕は棚にある
                「ある物」に気が付いてしまったのです。

                某先輩がとあるプロデュース公演に客演し、
                「ある小道具」をお土産に持って帰ってきました。

                その芝居の劇中、天井から吊るされた無数の男根が
                降りてくるシーンがありました。

                お土産とは、その男根のひとつだったのです。

                樹脂製で玉袋つき…それはそれはリアルな代物でした。

                当初は皆、珍しがって触ったりしてましたが、
                それも飽きられ、稽古場の棚に無造作に置かれていました。


                僕は無言のままKに目くばせをし…

                「…(なぁ)」

                「…(はい?)」

                「…(ちょっとつけてみる?)」

                「…(はい)」

                アイコンタクトを理解したK竹がファスナーを

                降ろして装着してみると…


                「グヮハハハハ!!」


                「極上の餌」を見つけた大馬鹿者にスイッチが

                入ってしまいました。

                K竹は稽古場の隣の事務所に用事があるそぶりで
                入っていきましたが、残念ながら作業中の後輩の

                女の子達は無反応(の振り)。

                「じゃあ1階に行こう!」

                この建物はOガスの旧営業所を改装したもので、
                1階に小劇場と小洒落た雑貨店、カフェレストランがあり
                2階に我々の稽古場や事務所、さらに「チケットぴ●」
                などが入っており、京阪神のクリエイティブな人達が
                集うメッカとなっていました。



                しかし1階の雑貨店の店員さんも気付かないのか無反応。

                「面白くないなぁ…、外行こう外!」

                道路に出た途端、向こうから巡回の警察官が…

                慌てて中に戻りました。



                初めに戻ってこの建物全体の支配人のEさんの事務所…

                「先日な、下の●●●の店員の女の子から
                変質者が来店しましたと報告があったんや」

                「はぁ…」

                「Gパンから変なものを出して店の中を
                うろついていたらしい」

                「はい…」

                「2人組でどうも1人が指示してたみたいなんや」

                「…」

                「恰好からして、どうも劇団の人みたいやった
                という報告で調べとったらな…」

                Eさん、「●MS新聞」を机の上に広げました。

                ここの文化事業を紹介するフリーペーパーで
                今月号の表紙は僕らの中国公演の舞台写真でした。

                「で、この人とこの人です!という事でな…」

                「…申し訳ありません」

                弁解の余地はありません。

                ただ、本物を出していた訳ではなく
                作り物をつけて遊んでいた事を説明しました。

                「…ほんま、中学生やないねんから」


                「そんな遊びは上(2階)だけでやっといてぇな」

                普段、懇意にしてくれているEさんの言葉だけに
                さすがに情けなく、痛かったです。


                事の顛末をN座長に報告したら幸い
                笑って不問に付してくれました。



                しかし笑って済ませてくれない人がいました。

                僕の当時の嫁です。

                隠していても早晩発覚すると思い、

                家に帰って話をしたら…

                「…情けない…馬鹿過ぎる!」

                「…」

                「K竹君を呼んできなさい!」


                「〜あなたは原さんの事が好きで付いて

                まわっているかもしれないけど、それは

                あなたにとって何のプラスにもならないって〜

                私が懇々と説いてあげる!」

                「…」

                 

                僕もK竹もとっくに30歳を過ぎてます。

                 

                返す言葉はありません。

                 

                この正論過ぎる正論に、懲りない僕も
                今度ばかりは少し反省し、K竹との「下ネタサロン」
                は解散し、普通の先輩・後輩に戻りました。




                数か月後、夏です。


                若手公演のオープニングの集団シーンの稽古中です。

                若手じゃない僕は、今回はサポート的な役で
                演出のN座長らと稽古を見てました。

                まだ公演までは間がありピリピリ感のない雰囲気です。

                僕の隣の某が笑いをかみ殺し小さくK竹の方を指さしました。

                見ると長く垂らしたTシャツでよく見えないのですが、
                ジャージを下にずらし「半ケツ」を出しているんです!

                あの気弱だったK竹が大胆にも稽古中に…!

                一生懸命やっている他の若手連中の邪魔に
                ならないように僕も笑いをかみ殺してましたが、
                K竹にはそれが嬉しかったようで、更にジャージを
                ずらしパンツともども足首の上まで落としています。

                「はいはい!」

                N座長が稽古を止めた途端、見てるみんな
                堰を切ったように大爆笑です。

                一緒に笑っていたN座長もさすがに立ち上がり
                K竹の頭をペチンとやろうと近づいたところ…

                驚いた事に!

                 

                K竹は悪びれもせずヘラヘラ笑いながら、
                ジャージをずらしたケツ出しのまま
                ガニ股でピョンピョン跳ねるように高速で
                稽古場の外に逃げて行ってしまいました。

                皆、唖然としました。

                 

                そうです。

                K竹はこの瞬間、

                 

                僕の子分でも何でもなく
                「一個の独立した大変態」として、

                僕等の見知らぬ何処かに

                大きく飛び立って行ったのでした。

                >>ホームページ掲載商品のオーダーについてはこちらをごらんください。



                負けて「世界基準」の強さを証明!村田諒太の「不可解」判定

                0

                   唖然とする判定結果でした。

                   

                  当日、久々に人数が集まったのでインディアカの練習に行き、

                  結果を知りたくなかったのでスマホを見ずに家に帰り、

                  期待と不安でドキドキしながら夕食そっちのけでテレビの

                  前に座り込んで録画を観戦しました。

                   

                  4Rには苦手と思っていたカウンターで見事なダウンを奪い…

                   

                  「やっぱ村田は強いわ!」

                   

                  …そして

                   

                  「えっ、え〜っ!」

                   

                  1週間経ちますが、いまだに紛糾している事はご存知の通り。

                   

                  ネット上では様々な情報が飛び交って喧々諤々!

                   

                  今まで何処で息を潜めていたのであろうか、

                  湧いてきた「玄人」さんや「識者」さん…

                   

                  訳知り顔のにわか評論家で溢れてかえっています。

                   

                  5.20  東京・有明コロシアム「ボクシングフェス2017 DAY1」

                   

                  WBA世界ミドル級王座決定戦 12回戦
                  暫定王者・アッサン・エンダム(カメルーン)

                                 2−1

                  同級2位・村田諒太(帝拳)


                  ※116−111、110−117、115−112

                   

                  問題の採点の内訳  

                  ジャッジ

                  カイズ(米国)、パディージャ(パナマ)、アール(カナダ)
                         エンダム×村田
                  1回 3者10−9
                  2回 3者10−9
                  3回 9−10、10−9、10−9
                  4回 3者8−10
                  5回 9−10、10−9、9−10
                  6回 3者9−10
                  7回 3者9−10
                  8回 3者10−9
                  9回 9−10、10−9、10−9
                  10回 9−10、10−9、10−9
                  11回 9−10、10−9、10−9
                  12回 9−10、10−9、10−9


                  計 110−117、116−111、115−112

                   

                  採点の基準は有効打→攻勢→防御→主導権の順に

                  ラウンド毎の独立した採点で行われます。

                   

                  試合全体の印象では村田選手の圧勝でしょうが、各ラウンドの

                  独立した採点ですので中差の判定勝ちだと思いました。

                   

                  パナマとカナダのジャッジが9R〜12Rの4ラウンドを

                  全てエンダム選手に振っているのは納得できません。

                   

                  特にパナマのパディージャという人は、エンダム選手が

                  ダウンを喫した4回と6、7回の3ラウンドだけ村田選手に

                  振った以外は全てエンダム選手のラウンドです。

                   

                  これはおかしいと思います。

                   

                  しかし、いかに抗議しようが判定結果が覆った例はありません。

                   

                  WBAの会長が批判をかわす為か、ろくに検証もせずに無責任に

                  再戦指示を出し、2名のジャッジに6か月間の資格停止処分に

                  したそうです。

                   

                  再戦指示には拘束力はありませんし、するか否かは両陣営の

                  交渉のみに委ねられますが、再戦になれば再びWBAに承認料が

                  入る仕組みです。

                   

                  エンダム選手側からすれば、早いフットワークもシャープなパンチも

                  通用しなかった村田選手との相性は最悪に近いものがあるでしょう。

                   

                  チャンピオンにもなりましたし、フランス開催を主張して

                  アメリカでのビッグマッチ並みのファイトマネーを要求するに

                  違いありません。

                   

                  ミドル級での世界挑戦、しかもホームの日本での開催の場合、

                  日本国内のマーケットだけでは莫大な経費の回収が難しいので、

                  軽量級とは比べ物にならない程ハードルが高いのです。

                   

                  再戦の交渉は困難を極めるでしょう。

                   

                  ただ救いもあります。

                   

                  プロ転向後、世界的強豪と戦った事がない村田諒太選手の

                  プレスや右の強打が通用するのか不安視していましたが、

                  「敗れてなお強し」を世界に強烈に印象づけました。

                   

                  今回のおかしな判定でかえって村田選手の強さが

                  世界中に大々的に広まった感があります。

                   

                  GGGことゴロフキン選手を頂点とするミドル級戦線の

                  トップグループ入りを世界が認め、WBO・WBCの

                  他団体からオファーが届いているそうです。

                   

                  階級が細分化し、一階級の何人もの世界チャンピオンが

                  存在する今、アメリカを中心とした世界の趨勢は、

                  「何階級制覇したか」「何度防衛したか」よりも

                  「誰と闘ったか」「どんな闘いだったか」に主眼が

                  置かれています。

                   

                  現状、残念ながら日本は「ガラパゴス状態」なのです。

                   

                  例えば先日の井岡一翔選手の防衛戦の相手のタイの選手。

                   

                  61連勝中の強豪という触れ込みで煽ってましたが、

                  どんな相手に61連勝したのか?は戦前に一切

                  語られていませんでした。

                   

                  少しでもボクシングに詳しい人なら、61連勝もしてて

                  何故世界タイトルに無縁だったのか?

                   

                  という時点でだいたいの想像がつきます。

                   

                  実際、到底一流とは言えない選手でした。

                   

                  極力リスクを避けた、こんな小手先で誤魔化すような

                  マッチメークは、日本国内のマーケットだけを対象に

                  してるから通用しているだけであって、これでは

                  いくら防衛を重ねても本場では全く見向きもされません。

                   

                  ともかく村田亮太選手、現役続行の意向のようです。

                   

                  「世界基準」の強さを証明したので、これからも

                  ビッグマッチのオファーが来る気がします。

                   

                  試合の結果は腹立たしく残念ですが、彼の今後は楽しみです。

                   

                   

                  上で「誰と闘ったか」「どんな闘いだったか」に主眼が

                  置かれていると書いていたら、中量級の層が薄い日本から

                  アメリカに主戦場を移し、強豪相手に奮闘を続けていたのが

                  評価された亀海選手に超ビッグ・チャンスが飛び込んできました!

                   

                  中量級のビッグネーム、ミゲル・コット選手の復帰戦の相手が

                  日本の亀海(かめがい)喜寛選手に決定しました。

                   

                  8・26 ロサンゼルス
                  ▼WBO世界Sウェルター級王座決定戦 12回戦
                  同級1位・ミゲル・コット(プエルトリコ)

                                    ×

                  同級5位・亀海喜寛(帝拳)
                   

                  コット選手は1試合のファイトマネーが10数億円にも

                  なった事がある全身刺青のスーパースターです。

                   

                  亀海選手を復帰戦の調整相手程度に舐めてかかると、

                  大番狂わせもあり得るマッチメークです。

                   

                  もし勝てばテニスの錦織圭選手のグランドスラム制覇、

                  ゴルフの松山英樹選手のメジャー制覇に匹敵する快挙です。

                   

                  地上波テレビには殆んど登場した事がないので、

                  知らない方が多いと思いますが、

                   

                  亀海喜寛(かめがい よしひろ)

                   

                  覚えておいて損はない名前です!

                  >>ホームページ掲載商品のオーダーについてはこちらをごらんください。



                  「伝説のジャージ事件」改題「西日本一愚かな中学生」

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                     新年明けましておめでとうございます。

                     

                    旧年中はお世話になりました。

                     

                    原酒店は4日から営業いたします。

                     

                     

                     

                    で、既に正月休みにも飽きてきた人も

                    いるのではないでしょうか?

                     

                    休みが短い僕でもこんな時は商品紹介よりも

                    馬鹿話がしたいので、新年一発目にふさわしいか

                    はなはだ疑問ですが(笑)、退屈しのぎに読んでください。

                     

                    ブログ開設2周年記念に書いたものを加筆しました。

                     

                     

                     

                     

                    中学時代のはなしです…


                    登場人物をイニシャルで書くと各方面に迷惑がかかる

                    恐れがあるので今回はA・B・C・Dでいきます。



                    僕が3年間通った福岡市立K中学校。

                    屋上プールの体育館ができた以外は当時と

                    あまり変わっておらず、校舎と体育館の奥に

                    グランドとゴミ焼却場がありました。


                    以前も弊ブログに登場したA。


                    自宅も兼ねている大きな料亭の一人息子で、
                    小太りの坊ちゃん刈りで「ミニラ」のような風貌。

                    その中身は「性欲が中学生の皮を被り」
                    歩いているような男です。

                    中学2年時に同じクラスになりました。

                    「その手」の話になると、三日月のような細い目になり
                    好色にほころぶ口元は完全に中学生離れしていて、

                    殿山泰司さん演ずる「エロおやじ」のようなオーラを

                    全身から発散させてました。



                    僕も「その手」の中学生ではありましたが、
                    積極性と家の財力が決定的に違いました。


                    大きなAの家に遊びに行けば、料亭の仲居さんの着替えを
                    覗かせてくれ、洋モノの高価なエロ本が欲しいと言えば、
                    Aはタクシーで本屋に乗りつけ、堂々と買ってきてくれます。

                     

                    (覗きに関しては当然仲居さんは気づいていたと

                    思いますが、お坊ちゃまのやる事に異を唱え

                    難かったんじゃないでしょうか)

                     

                    女子大生の家庭教師に手を出して筆おろしを

                    済ませたり、タクシーに乗ってトルコ(当時)

                    に行ったり、中学生の僕らには手の届かない願望を

                    親の財力で(というか親の常識外れの放任&甘やかし)
                    いとも簡単に手に入れる中学生で、

                    その手のエピソードには事欠かない男です。

                    どちらかというと「醜男」の部類なのですが、
                    女子生徒にも積極的で次から次にふられても
                    一向にめげず、あっけらかんと僕らに報告するのです。

                    「どうしようもないけど憎めないヤツ」

                     

                    それが一種の愛嬌となって、ある種の人気者でした。



                    中学3年のある日…


                    男子生徒の人気1〜2を争うB子ちゃんに

                    片想いしたAは身の程も知らず

                     

                    「俺と付き合って!」

                    Aのキャラを熟知しているいるB子ちゃんも
                    そこはなかなかのもので

                    「アディダスのジャージを買ってくれたらねっ❤」

                    Aにはお安い御用です。


                    …しかし中学生とはいえ女とは怖いもので

                    「一緒にC子ちゃんの分のアディダスのジャージも買ってぇ❤」

                    唐突にC子という名前が登場してきましたが、
                    C子ちゃんもプロポーション抜群で、

                    学年トップクラスの美形なのです。

                     

                    因みにモテる・モテないでいうと、ピラミッドの底辺を

                    しっかりと支えていた僕には、B子ちゃん、C子ちゃんは

                    遥か上に霞む存在で、口を利いた事すらありませんでした。

                    ※写真はイメージです

                     


                    「アディダスのジャージ」

                    当時でも上下で1万3〜4千円はして、中学生の

                    小遣いじゃとても買える代物ではありません。

                    お金持ちの子は「アディダス」や「プーマ」を
                    着てましたが、普通の家庭の子はお年玉を貯めて

                    やっと…という高級品でした。


                    愚かにもB子ちゃんに脈ありと睨んだAは、

                    2人分のアディダスのジャージを購入。


                    …しかしAも只のお坊ちゃま、お人良しじゃありません。


                    C子ちゃんの分まで買わされた事は
                    流石に釈然としなかったようで…

                    プレゼントする前の晩にC子ちゃん用の

                    ジャージを袋から取り出し…



                    …熱いパッションを…



                    …ジャージに盛大に…



                    …再び丁寧に畳んで袋に戻したのです。


                    (ざまあみろ!スッキリしたわい!)


                    そんな気分だったのでしょう。



                    翌日、プレゼントした事よりも、前夜の自分の

                    「快挙」(実際には愚挙)が嬉しくて嬉しくて

                    黙っているのを我慢できなかったのでしょう。

                     

                    AはDに報告してしまいました。

                    …しかしDは相手が悪すぎました。

                     

                    中学入学時に初めて見た時、ひとり大人が

                    紛れ込んでると錯覚した程、デカくてワルなDです。


                    その日のうちに学年中に知れ渡りました。

                    僕や男の友人たちはAの愚挙に涙を流して笑いましたが、

                    情報は当然B子ちゃん・C子ちゃんにも…



                    その日のグランド奥ののゴミ焼却場。

                     

                    煙突の煙が普段よりも高く舞い上がっていたのは
                    言うまでもありません。
                     

                     

                     

                     

                    あれから40年近く経っても男の同級生が集まれば

                    話題になる「伝説のジャージ事件」。

                     

                    登場人物・行為・オチ…どれを取っても愚かさに

                    おいては非の打ちどころがありません(笑)

                     

                    Aはというと、人生の前半で一生分の金と精を使い果たして

                    しまったようで、中年以降は苦労しているようですが、

                    「どうしようもないけど憎めないヤツ」振りは健在なのです。

                     

                     

                    本年も宜しくお願いいたします。

                    >>ホームページ掲載商品のオーダーについてはこちらをごらんください。



                    ちょっと楽しみなことをいくつか…

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                       ちょっと先のお知らせを…

                       

                      11月5日(土)の夜、福岡市中央区渡辺通にある

                      和のお酒 和のごはん 喜々(きき)さんにて

                      「焼酎の会」を開きます。

                       

                      喜々さんでは日本酒の蔵元さんを招いて度々会を

                      開いていますが、焼酎の会は初めてとの事です。

                       

                      この時期は仕込み真っ只中なので

                      蔵元さんを招くのは難しく…

                       

                      …代わりに…

                       

                      …全然なってませんが(笑)

                      僕が案内役を務めさせてもらいます。

                       

                      蒸留したての焼酎と熟成させた焼酎との違いや、

                      こんな飲み方もありますよ…的な提案や、その他

                      参加の皆さんと雑談の予定です。

                       

                      自分の仕事が終わって駆けつけますので、

                      夜の9時頃のスタートになると思います。

                       

                      普段、なかなか直接お話をする機会がありませんので、

                      よろしかった参加しませんか?

                       

                      僕も楽しみにしてます。

                       

                       

                      ここからはややマニアックな話題に…

                       

                      年末の楽しみが2つ増えました!

                       

                      内山高志、遂に再起!

                       

                       

                      4月に王座を奪われた内山高志選手がジェスレル・コラレス選手

                      (パナマ)との再戦に両者合意、確定したようです。

                       

                      大晦日の国内開催予定です。

                       

                      前WBA世界Sフェザー級スーパー王者、「日本ボクシング界のエース」

                      内山高志選手は36歳。
                      2010年に奪ったWBA王座は後の世界王者、三浦隆司ほか
                      暫定王者のソリスやバスケスらを退け11度の防衛を達成。
                      希望していた海外でのビッグマッチが実現せず、モチベーションを
                      落としたところで4月、暫定王者コラレスにKO負け。
                      再起を悩んでいたが、コラレスとの再戦が可能になったこともあり
                      リベンジに立ち上がった。
                      (以上、「拳論」より参照)
                      前回はコラレスの奇襲攻撃がピタリとはまり、一方的なKOでした。

                       

                      今回は内山陣営もしっかり対策を練ってくるでしょうが、
                      コラレス選手は左の変則でスピードがあり、はっきりいって
                      強敵で、簡単にリベンジとはいかない可能性も大きいです。

                       

                      両選手の戦術次第では展開が読めないスリリングな一戦に
                      なるでしょう。

                       

                      とにかく「日本のエース」にはやられっ放しで
                      終わってほしくはありません!

                       

                       

                      三浦隆司、激闘必至の巴戦!

                       

                      その前に同じスーパー・フェザー級の”ボンバー”三浦隆司選手が

                      アメリカでの興行での何とメインイベントに登場します!

                       

                      12・17米・ロサンゼルス

                      WBC世界Sフェザー級暫定王座決定戦 12回戦
                      同級1位・三浦隆司(帝拳)

                                ×

                      同級3位・オルランド・サリド(メキシコ)

                      試合が正式に決定。暫定王座決定戦として行なわれる。

                      HBO放送のロス興行となる。

                       

                      三浦選手は昨年11月、フランシスコ・バルガス選手(メキシコ)に

                      9回TKO負けで王座陥落も、ダウンの応酬となった試合が

                      アメリカの有力メディアなどで「年間最高試合」といわれ、

                      負けても商品価値が上昇した。

                       

                      王者バルガスは6月の初防衛戦でサリドとドロー。

                      本来はこの勝者と三浦が対戦するプランだったが、

                      バルガスは試合の負傷で戦線離脱。

                       

                      そこで持ち上がったのが三浦とサリドの事実上の挑戦者決定戦だ。

                      サリドは43勝(30KO)13敗4分、35歳。

                      2010年にIBF世界フェザー級王座獲得も、

                      WBA王者ユリオルキス・ガンボアとの

                      統一戦が体重超過で判定負け。

                       

                      しかし、翌戦でWBO王者ファン・マヌエル・ロペスを下し2冠目を獲得。

                       

                      2013年、3度目の防衛には失敗するも、翌戦で空位の

                      王座決定戦に勝って王座返り咲きに成功した。

                       

                      その初防衛戦で戦ったのがデビュー2戦目の五輪金メダリスト、

                      ワシル・ロマチェンコだったが、落とす気の見えない体重超過で、

                      試合には勝ったが王座は失った。

                       

                      その後、ターサク・ゴーキャットジムとの

                      WBO世界Sフェザー級王座決定戦に勝って2階級制覇。

                       

                      これは初防衛戦でローマン・マルチネスに奪われ、

                      ダイレクトリマッチもドローだった。

                       

                      人気選手であることから世界戦のチャンスも多く、

                      7連続世界タイトルマッチとなっていた。

                       

                      相手の知名度が高いだけに、三浦選手にとっては

                      世界タイトルマッチに匹敵するビッグマッチといえる。

                       

                      (こちらも「拳論」より参照)

                       

                       

                      「メキシコの激闘王」ともいえるサリド選手は、

                      体重超過の常習犯でダーティファイトでも知られています。

                       

                       パンチの破壊力では三浦選手が上でしょうが、サリド選手は

                      耐久力もあり勝負はどう転ぶかわかりません。

                       

                      三浦×バルガス=激闘    バルガス×サリド=激闘

                      で、三浦×サリドも激闘は避けられません。

                       

                      しかしここを勝ち抜くと、アメリカでの高額ファイトマネーの

                      更なるビッグマッチのオファーが来る可能性大なのです。

                       

                      放送は地上波ではなくWOWOWだけかも知れませんが、

                      今から楽しみな一戦です。

                      >>ホームページ掲載商品のオーダーについてはこちらをごらんください。



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